シンプリシティという思想が、人生と商品を磨いていく

今朝はスプリント練習から始まりました。全力でダッシュを繰り返すと、身体の奥に眠っていたものが呼び覚まされるような感覚になります。


45歳を過ぎて、なお“100%で走る”ということを続ける意味。
それは、単なる筋トレではなく、自分自身の本質に立ち返る時間でもあるのです。

でも今日お話したいのは、そんな「やること」ではなく、“やめること”にまつわる話です。


iPhoneとの出会いが人生を変えた

20代のとき、僕の手元に初めてiPhoneが届きました。

iPhone 3GS。日本でのスマートフォン黎明期。多くの人が未だに折りたたみ携帯を使っていたあの時代、Appleという異端の存在が放ったそのプロダクトは、まるで別世界から届いた使者のようでした。

最初に驚いたのは、**“箱”**でした。

綺麗に磨かれた白い箱。無駄な印刷は一切なく、取扱説明書の厚みも、注意書きもない。ただただ、そっと“Hellow.”とだけ。

その潔さに、僕は息を呑んだのです。

調べてみると、Appleはこの箱のために1億円を投資し、既存の箱工場にはない品質を、自らの手で作り上げたとのこと。あの“箱のフタの閉まり具合”さえも、完璧に設計されていたのです。

この体験を通じて、僕はある思想と出会いました。
それが、**シンプリシティ(Simplicity)**という哲学です。


シンプリシティとは、足し算ではなく「引き算の美学」

Appleのプロダクトに通底する思想、それは“より多くの機能を詰め込む”のではなく、“本当に必要なものだけを残す”ということ。

それはまさに、

〝剥ぎ取って、剥ぎ取って、最後に残ったものこそが“完成形”である〟

という思想です。

日本の家電はどうでしょう?
ユニバーサルデザインの名の下に、大きな文字、あらゆる説明文、色分けされたスイッチ……。たしかに親切ですが、その親切が美しさを損ねることもあるのです。

「電源」と書かれた文字が、キッチンの景色を乱してしまうなら、それは機能としては正しくても、体験としては不完全かもしれない。


BONIQに込めた“引き算の思想”

僕がBONIQを開発するとき、このシンプリシティの思想を強く意識しました。

ユーザーにとって本当に必要な機能とは何か。
“すべてを詰め込んだ多機能デバイス”よりも、毎日の生活にすっと馴染み、ずっと使い続けられる相棒であること。

それがBONIQの目指す姿でした。

たとえば、ボタンの数。
不要なものを削ぎ落とし、触って直感的に操作できるレイアウトに。

たとえば、音。
不快な単音ではなく、和音スピーカーによるまろやかなサウンドにすることで、日常に寄り添う存在に。

目指したのは、説明書なしでも触れば分かる、そんな“道具”としての完成度です。


シンプルに生きる、という選択

これはプロダクトに限った話ではありません。
仕事でも、家庭でも、人生のあらゆる選択でも、僕はこの「引き算の美学」を意識しています。

YouTubeの毎日投稿をやめたのもその一つ。
情報の洪水の中で、気づけば“数字”を追いかける日々になっていた。


本当に届けたい相手に、本当に届けたいことを伝える——その原点を思い出すために、あえてやめるという選択をしました。

〝足すことで見失うこともある。だからこそ、引く勇気を持ちたい〟


あなたの「引き算」は、どこから始めますか?

“もっともっと”と求める現代において、あえて手放すという選択は、時に勇気がいります。

でも、もし今あなたが何かに疲れていたり、立ち止まっているなら。
それは本来の自分に戻るチャンスかもしれません。

服をシンプルにする。持ち物を減らす。
あるいは、言葉を少なくして、大切な誰かと静かに向き合う。

そんな“シンプリシティの実践”は、いつだって人生を整えてくれるのです。

〝削ぎ落とした先に、本当に大切なものが残る〟

今日も、清々しく誇り高く、生きていきましょう。

それでは、また次回。


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